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2023年1月29日 礼拝動画

1月29日礼拝動画を配信いたしました。

「主に信頼し善を行え」

■聖書 エステル記 5章 1~14節

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# by nazach | 2023-01-29 11:44

2023年1月22日 礼拝動画

1月22日礼拝動画を配信いたしました。

「今、ここに生きる」

■聖書 エステル記 4章 1~17節

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「私は、死ななければならないのでしたら死にます。」このエステル記のクライマックスとも言える言葉は、決して軽々しく語ってはならない言葉です。命こそが宝です。そして、いのちは主なる神に属するものであることを正しく、深く知る者だけが、覚悟して語る言葉です。それは主なる神と神の御心への深い信頼であり、完全なる明け渡しの言葉です。エステルは、自分がそのときに置かれた所で、今、自分にできることを、犠牲を払って誠実に行おうとしたのです。主イエスは、弟子たちに対して、「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、日々自分の十字架を負ってわたしについて来なさい。自分の命を救おうと思う者はそれを失い、わたしのために命を失う者はそれを救うのです。人は、たとえ全世界を手に入れても、自分自身を失い、損じたら何の益があるでしょうか」(ルカ9章23、24節)と、言われました。この御言葉は、日本に最初にキリストの福音を伝えたフランシスコ・ザビエルの心をとらえ、突き動かし、彼が生きた世界から、東の果ての日本にまでキリストの愛の福音を持ち運ぶ原動力になった御言葉でした。先週、私は故郷平戸島に帰り、ザビエルが上陸したまさにその場所で、その志と宣教の働きを思いました。その御言葉と御旨に彼が聞き従わなかったら、あの時、キリストの福音は日本に伝えられることはありませんでした。そして今、私たちがここでキリストの福音に与り、礼拝をささげることができるために、喜んで愛の犠牲を払ってくださった方々が、それぞれの時代で、主に選ばれ、その選びを感謝して受けて、豊かに用いられてその役割を果たしてくださいました。そのことを覚えて、感謝します。そして今、改めて、私たちも主イエス・キリストの御言葉をお聞きし、「今、ここで」主と主の御旨に喜びをもって聴き従いと思います。主イエスは言われます。「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、日々自分の十字架を負って、わたしに従って来なさい。」久保木勁先生は、引退記念礼拝で「それが、あなたがあなたらしく、本当に生きるために、必要なことなのです」と、語られました。

# by nazach | 2023-01-22 11:44

2023年1月15日 礼拝動画

1月15日礼拝動画を配信いたしました。

「ダニエルの祈り」

■聖書 ダニエル書6章1~10節
    コリント人への手紙第二6章1,2節

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 ダニエルは獅子の穴から引き上げられましたが、彼には何の傷もみとめられませんでした。聖書はそのことを「彼が神に信頼していたからである」と記し、いかなる時にも主なる神に祈り求め、深く信頼することがいかに大切なことであるかを私たちに伝えています。ダニエルは、以前からいつもそうしていたように、いつものように、ひざまずき、主なる神に感謝の祈りを捧げました。慌てることも、恐れることもなく、いつもと変わらない態度で自分が今、するべきことをしていたのです。彼には、これまで、ずっと導いてくださった神様が、何があっても、彼を守り抜いてくださるという確信と、たとえそうでなくても、主なる神に聞き従って行こうとする深い信頼と覚悟があったのだと思います。こうして、ダニエルの場合は獅子の口から守られました。しかしながら、罪びとである人類の歴史の中で、正しい信仰者たちがいつもこのような不当な苦難から守り支えられ続けて来たかというと、必ずしもそうではなかったということを歴史は物語っています。現代日本に生きる私たちには、幸いなことに信仰の自由が保障されていますが、つい77年前は国の形、国体が最優先され、実質的に信教の自由はありませんでした。私たちはこの国が250年以上、キリスト教を邪教として取り扱い、徹底的に迫害し、排除し続けた国であるということ、その禁教令の下で命を落とし、あるいは苦しみながらも信仰を守り続けた人々がいたということを忘れてはなりません。そして現代においても、世界には迫害に苦しむ多くの信仰の仲間たちが多数いることを覚えて、祈らなければなりません。それが、この世界の現実です。そして、そうした現実の世界で、どのようにして生きていくのかが、私たちに問われているのです。ダニエル書の学びを終えるにあたり、この後、彼がどのように生きて行ったのかということを読みますが、ダニエル書を通して、主なる神様が現代に生きる私たちに語り掛けておられる愛の言葉を聞き、終わりまで生きて行く力と知恵をいただきたいと願っています。



# by nazach | 2023-01-15 11:41

2023年1月8日 礼拝動画

1月8日礼拝動画を配信いたしました。

「知恵と力は神のもの」

■聖書 ダニエル書 2章 1~23節
    ヤコブの手紙 1章5節

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 独裁者は時として恐ろしいことをします。再び、信仰と命の危機に直面したダニエルでしたが、神からの知恵と、思慮深さをもって、慎重に対応しました。2章17節。「それからダニエルは自分の家に帰り、自分の同僚のハナンヤ、ミシャエル、アザルヤにこのことを知らせた」と、あります。ダニエルは帰宅後に、すぐに同僚のハナンヤたちと情報を共有し、18節には「天の神にあわれみを乞うためであった」とありますので、彼らと心を合わせて祈る時を持ったのでした。主なる神を心から信じる私たちにとって、一人で、神の前に祈る時は、最も大切な時です。主イエスが、たびたびそうされたように、祈りのためにひとりで父なる神の御前にいるということは、私たちの信仰生活にとってかけがえのないときです。しかし、同時に、神の御前に祈りをささげる信仰者たちが、共に心を合わせて祈る時を持つということも、同じように大切なことです。こうして、ダニエルは、自分自身の無力さを卒直に認めて、全能の主を仰ぎつつ、信仰の仲間たちと共に心を合わせて神に祈ったのでした。その根底にあったのは、主なる神への全幅の信頼であり、信仰の仲間たちとの主にある交わりを大切にする思いでした。私たちは、ボンへッファー牧師が、その著書「共に生きる生活」に記した様に、「教会の中へと召されているのであり、召された者の教会において、自分の十字架を負い、戦い、祈るのであり、死の時においてさえも、決してひとりではない」のだということを覚えていたいと思います。
命令一つで、バビロンの知者たちを皆殺しにすることができる王も、奇妙な夢に悩み苦しむ弱い人間でしたが、その王にダニエルは、真の神の偉大さを示したのでした。そして、夢を解き明かしたのは、自分ではなく、天の神であることをはっきりと証ししたのでした。主なる神は、現代に生きる私たちにも、同じようにしてくださるばかりか、弱くとも用いてくださるお方です。自分を誇ることなく、常に主なる神の御前にへりくだって祈りつつ、上からの知恵と力を与えていただき、神の栄光を現わしながら生きる者でありたいと願います。


# by nazach | 2023-01-08 11:35

2023年1月1日 礼拝動画

1月1日礼拝動画を配信いたしました。

「信仰によって生きる」

■聖書 ダニエル1章
    ローマ12章1~2節

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 ダニエル書1章1節に「ユダの王エホヤキムの治世の第三年に、バビロンの王ネブカドネツァルがエルサレムに来て、これを包囲した」と、記されています。こうして、ダニエルの物語が始まるのですが、捕囚の民の中に、王族あるいは貴族として生まれていたダニエルを始めとする4名の若者たちが含まれていたのでした。バビロンの王ネブカドネツァルは、彼らを王の宮廷に仕える者たちにふさわしい教育を受けさせようとします。ダニエルたちには、バビロン風の新しい名前が付けられ、バビロンの文化や教育が施されました。彼らは、「バビロニア人の文字やことば」は素直に学びましたし、新しい名前も受け入れることができました。容姿や容貌に関する取扱いにも素直に応じることも致しました。しかし、彼らは主なる神の教えに反することに対しては、はっきりと拒絶したのです。この出来事は、私たちが生活する場での文化を識別することに関して注目に値する好い例であると言えます。人間が築き上げてきたあらゆる文化には、善と悪、真理と誤り、美と醜悪というように、様々なものが混じり合っています。ダニエルとその友人たちは、バビロニアの文化の良い所は、積極的に吸収しようと決意していたのですが、同時に、主なる神によって示され、与えられていた信仰に反するものは、はっきりと断ったのでした。主なる神さまはダニエルたち、四人の少年の健康を支えて、同時に、「知恵と、あらゆる文学を理解する力と、知恵を授けられた」のです。本当に素晴らしいことでした。
この新しい年に、子どもたちにも、高齢者たちにも、神様の豊かな知恵と生きる力が与えられますようにと祈ります。ヤコブの手紙には、次のような御言葉があります。「あなたがたのうちに、知恵に欠けている人がいるなら、その人は、だれにでも惜しみなく、とがめることなく与えてくださる神に求めなさい。そうすれば与えられます。ただし、少しも疑わずに、信じて求めなさい」と。


# by nazach | 2023-01-01 10:00

札幌ナザレン教会 牧師 古川修二のメッセージ


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