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2024年7月21日 礼拝動画

7月21日礼拝動画を配信いたしました。

「一つも無駄にならないように」

■聖書 ヨハネの福音書 6章 1節~15節

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# by nazach | 2024-07-21 12:59

2024年7月14日 礼拝動画

7月14日礼拝動画を配信いたしました。

「健やかに生きる」

■聖書 マルコの福音書 5章21~43節

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# by nazach | 2024-07-14 16:05

2024年7月7日 礼拝動画

7月7日礼拝動画を配信いたしました。

「向こう岸へ渡ろう」

■聖書 マルコの福音書 4章 35~41節

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# by nazach | 2024-07-07 11:52

2024年6月30日 礼拝動画

2024年6月30日礼拝動画を配信いたしました。

「赦しの恵み」

■聖書 
創世記50章15~26節

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      「赦しの恵み」創世記50章15節~26節

 ヤコブの死後、ヨセフの兄たちは、ヨセフが自分たちを恨んで、自分たちが犯したすべての悪に対して、仕返しをするかも知れないと思います。そこに、主にある赦しを信じることのできず、神と人を深く信頼することのできない兄たちの定まらない心がありました。しかし、兄たちに語ったヨセフの言葉は、次のようなものでした。創世記50章19節20節。「ヨセフは言った、『恐れることはありません。どうして、私が神の代わりになることができるでしょうか。あなたがたは私に悪をはかりましたが、神はそれを、良いことのための計らいとしてくださいました。それは、今日のように、多くの人々が生かされるためだったのです。』」と。すべてのことが益ではありません。罪は罪。悪は悪。失敗は失敗です。しかし、主なる神さまはそのすべてのことを働かせて益としてくださり、豊かな祝福を与え、御自身の御栄光を現してくださるお方です。

「神を愛する人たち、すなわち、神のご計画に従って召された人たちのためには、すべてのことがともに働いて益となることを、私たちは知っています。」そこに、いかなる時にも主なる神を信じ、愛する私たちの確信と希望がございます。ヨセフはそのように語っただけではなく、その自らの臨終の時に、イスラエルの子らの奴隷の地エジプトからの脱出について語り、自らの遺骸についての指示を与えたのでした。ヨセフはイスラエルの子らに誓わせて、「神は必ずあなたがたを顧みてくださいます。そのとき、あなたがたは私の遺骸をここから携えのぼってください」と語りました。こうして、彼は死にますが、御言葉の約束は生き続きます。この時から400年近い年月が経った出エジプトの時に、当時の指導者モーセは、ヨセフの遺骸を携えてエジプトを出ただけではなく、運び続け、ついに約束の地に葬ったのでした。ヨセフという人は、神の導きとご支配を信じ、どこまでも神を信頼する人であり、それゆえに、生きている時も、死んだ後も、イスラエルの人々に、真の恵みと祝福をもたらす希望の人であり続けました。私たちもヨセフのように、信仰によって愛と希望に生きる一人ひとりでありたいと思います。










# by nazach | 2024-06-30 11:48

2024年6月23日 礼拝動画

6月23日礼拝動画を配信いたしました。

「夢を解き明かすヨセフ」

■聖書 創世記41章1~16節

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 「夢を解き明かすヨセフ」創世記41章1~16節 

 誠実を貫いたために囚人とされ、監獄に入れられたヨセフでしたがこの時彼は神を呪うことなく、人生に失望することなく、祈りながら監獄の中にいたのです。そしてそのようなヨセフとともに主はおられ、彼に恵みを施し、監獄の長の心にかなうようにされました。私は、こうした記述の中にも、私たちがゆえなく誤解され、不当な苦しみを受ける時に、信仰者としていかに生きるかのヒントがあると思います。ペテロ第一の手紙2章19節には、「もしだれかが不当な苦しみを受けながら、神の御前における良心のゆえに悲しみに耐えるなら、それは神に喜ばれることです」とあります。そして、新改訳2017の脚注は、「神に喜ばれることなのです」の直訳は、「神の恵み(カリス)です」であることを示しています。私たちが神の御前で、不当に受ける苦しみを静かに耐えることの中に、神の恵みがあるというのです。

いつも動画で礼拝を共にしてくださる方々から、語られた説教の応答としてのメールをいただきますが、先週はそこに「喜びの時、そして悲しみの中にも恵みは在りますね」と、書かれていました。耐え難い悲しみ、苦難を体験しながら、神さまに留まり、祈り続ける生活から滲み出た確信の言葉です。神の豊かな恵みを、人生の喜びの中にだけ見出す人ではなく、悲しみや苦しみの中にも見出し、その恵みを人々と分かち合う人でありたいと思います。そして、いつも喜び、絶えず祈り、すべてのことを感謝して生きて参りましょう。それが、キリスト・イエスにあって神が私たちに望んでおられることです。

ヨセフは囚人として監獄にいる時にも神の恵みを見ることのできた人でした。彼はこの期間に、人に頼るのではなく、主に頼ることを学びました。そして、そのことが神の御計画でした。もし、この時に監獄から出されていたら、二年後にファラオの夢を解き明かす機会が与えられたかどうかわからないからです。神の知恵と知識の富はなんと深いことでしょう。こうして、遂に、神が働かれるその時が来ます。「神のなされることは、すべて時にかなって美しい」のです。











# by nazach | 2024-06-23 12:56

札幌ナザレン教会 牧師 古川修二のメッセージ


by nazach