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2021年6月20日礼拝動画

6月20日礼拝動画を配信いたしました。

「信仰による勝利」

■聖書の箇所 ヨシュア記5章13節~6章21節

動画をご覧になるには以下のリンクをクリックしてください。

# by nazach | 2021-06-20 11:31

2021年6月13日 主日礼拝

6月13日礼拝動画を配信いたしました。

「主があなたと共にいる」

■聖書の箇所 ヨシュア記1章1~9節

動画をご覧になるには以下のリンクをクリックしてください。

# by nazach | 2021-06-13 11:37

2021年6月6日 礼拝動画

6月6日礼拝動画を配信いたしました。

「主に背いてはならない」

■聖書の箇所 民数記14章1~12節

動画をご覧になるには以下のリンクをクリックしてください。

# by nazach | 2021-06-06 11:30

2021年5月30日 礼拝動画

5月30日礼拝動画を配信いたしました。

「十戒-神の宝の民-」

■聖書の箇所 出エジプト記19章1~5節、20章1~17節

動画をご覧になるには以下のリンクをクリックしてください。

十戒が与えられることは、神の民イスラエルの民にとって、神の愛と恵みを受けていることの確かな徴であったように、私たち、主イエスにある者にとっても、この十戒は、大きな喜びであると共に、罪や過ちを、照らし出してくれる鏡のような存在です。あるいは、私たちのありのままの姿に光を当ててくれる照明灯のようなものです。そのように照らし出すことによって、十戒は何よりも真の悔い改めを私たちに促すからです。
また十戒の教えは、人が救われるための条件を示しているのではなく、主なる神に罪を贖われ、救われた者たちがどのように歩むべきか、神への信仰と人への愛に生きる道がそこに示されていると言えます。そして、この十戒の前半の教えをより肯定的に言い換えたのが、申命記6章5節であり、十戒の後半に記された人間関係における戒めを一言で示した言葉がレビ記19章18節の御言葉であると言えますし、主イエスが、「律法の中でどの戒めが一番重要ですか」という、律法の専門家の質問への答えとされた御言葉でした。「あなたは心を尽くし、いのちを尽くし、知性を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい」「あなたの隣人を自分自身のように愛しなさい。」
十戒、十の言葉は、奴隷の地エジプトから救い出され、贖われたイスラエルの民が生きていくために無くてはならない主なる神の愛の言葉でした。だからこそ、主なる神は、ほかでもない、その「あなたには、わたし以外に、ほかの神があってはならない」と語られたのです。主イエスの十字架と復活によって、罪赦され、命を与えられた私たちは、主イエスのほかにだれのところに行くことができるのでしょうか。「主よ、あなたこそが永遠のいのちのことばを持っておられます」と告白し、コロナ禍に悩み苦しむ今こそ主に助けを祈り求めつつ、主の恵みと光の中を共に歩ませていただきたいのです。主イエス・キリストにおいて、私たちの罪を贖い、希望を与えてくださる神によってしか、私たちの苦悩は取り去られることはなく真の平安も喜びもないからです。

# by nazach | 2021-05-30 11:38

2021年5月23日 礼拝動画

5月23日 礼拝動画を配信いたしました。

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「天からのパン」
 
聖書の箇所 出エジプト記 16章1節~12節

動画をご覧になるには以下のリンクをクリックしてください。

人には、それぞれに、自分の力では、人々の助けによってしても、どうすることもできないような状況になることがあります。それが人生であり、信仰者も苦難を免除されてはいません。しかし、神はその苦難から私たちを救い出すことを約束しておられます。主なる神は、イスラエルの民に、モーセを通して、「見よ、わたしはあなたがたのために、天からのパンを降らせる。民は外に出て行って、毎日、その日の分を集めなければならない。これは、彼らがわたしの教えに従って歩むかどうかを試みるためである」と語られます。このとき、イスラエルの民に与えられた食物は、うずらの肉と、マナという天からのパンでしたが、あくまでも神様が与えてくださった基本的な食物は、マナという食べ物であり、イスラエルの人々は、約束の地にたどり着くまで、40年の間、このマナを食べ続けたのです。そして、そのマナは、私たちキリスト者にとって、腹を満たす食物であるだけではなく、私たちが生きていく上でどうしても無くてはならない神の御言葉を示すものです。主イエスは聖書を引用して言われました。「人はパンだけで生きるものではなく、神の口から出る一つ一つの言葉で生きる」と。また、主の足もとに座り、主ご自身の口を通して語られる御言葉に聴き入っていたベタニヤ村のマリヤを指しながら、姉のマルタを優しく諭しました。「必要なことは一つだけです。マリヤはその良いほうを選びました。それが彼女から取り上げられることはありません。」「無くてならぬものは多くはない。いや、一つだけである」と。私たちは今、この誠に厳しいコロナ禍の時代にあって、神の御言葉に聴き従い、御言葉に依りすがり、イスラエルの民のように不平を言うのではなく、モーセのように神に祈り求め、静かに主の助けを待ち望みながら、信仰の歩みを誠実に続けて参りたいと思います。主なる神は、ご自分の子どもたちの祈りを決してむなしいものには、なさらないと確信するからです。すべての人々のために、そして教会全体のために、主の助けを待ち望みながら熱心に祈るべきときです。「主なる神よ、教会を、この世界を、そのすべての苦難から贖い出してください」と。

# by nazach | 2021-05-23 11:32

札幌ナザレン教会 牧師 古川修二のメッセージ


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